私には幼なじみの彼氏がいた。

彼は、私と会う約束をして桜の木の下で待っていた時、

酒誘運転のトラックにひかれ亡くなった。私がその木の下に着いた時には、もう事切れていた。

時に運命とは残酷である。彼は享年十四歳という若さで他界した。私は数ヶ月泣き続けた。しかし、ある時奇跡が起きた・・・

 

 

[あなたへの思い 今、風に乗せて・・・]

 

 

 

私は現実を受け入れるため、事故のあった桜の木の下に来てみた。事故以来一度もこの場所には足を踏み入れたことは無かった。足元には、家族の物だろうか。花とお菓子が添えられていた。

 

 「タクちゃん」

 

私はそう一言言うと桜の木を見つめていた。幼いころからこの木や、後ろにある川岸の草原で一緒に遊んでいた。

私は昔の思い出を思い出しながら、彼と過ごした十一年間の少年時代に別れを告げた。私はいつの間にか目に涙が出ていた。

 

 「タクちゃん、私大人になる。」

 

そう泣きながら言った。十四歳といっても所詮子供だなぁと心の中で思った。

そのまま私は桜の木を背中にむけ、家に帰ろうと歩きだそうとした時、目の前に懐かしい顔があった。私は歩くのをやめた。

 

 「やぁ、イク。やっとこの場所に来てくれたんだね?」

 

そう言って声をかけたのは、紛れも無く死んだはずのタクヤだった。

 「え?」

 

私は目の前の光景に目を疑った。

しかし、それは仮想ではなく本物のタクヤだった。そう奇跡が起きたのだ。

 

 

突然目の前に現れたタクヤに私はとまどっていた。

どうして良いかわからない私に向かってタクヤは話しかけてきた。

 

 「やっぱりおどろくよね。死んだ人が現れたら。」

 

私は、すかさず問いかける。

 

「タクちゃん、やっぱり死んでるの?」

タクヤは答えた。

 

「当たり前さ。あの時俺は死んだ。しかし、イクミにもう一度会いたい。そんな気持ち

が俺をこの場所に思い止まらせたのさ。幽霊になっちゃったけど、これって地縛霊っていうのかな。」

 

「でも、またタクちゃんに会えたから良いじゃん。」

 

 「ああ」

 

そういうとタクヤは、私を覆い隠すように抱いてくれた。しかし、その体は冬の水のように冷たかった・・・。うれしさと悲しみが同時に込みあがった。とても複雑な気持ち・・・。

 

しかし、私は、タクヤに会えたということは良い事だと勝手に決めつけた。ホントの自分を偽るかのように。

 

 「イク大丈夫?顔色悪いよ?」

 

彼が優しく問いかける。

 

 「ううん。大丈夫。きっとつかれたんだよ。」

 

 「今日は、もう帰った方がいいよ。空も暗くなってきてるし、それに、また今までどう

り会えるしね。」

 

私は、彼の明るい笑顔に励まされた。

 

 「うん。わかった。」

 

そう言うと私は、家に向かった。その日から、私は毎日桜の木の下に向かった。晴れの日も、雨の日も、私達は桜の木の下で2人の気持ちを伝え合ったり、おしゃべりをした。とにかく、私はタクヤと会っている時間がとても楽しかった。いつしか、心の悲しみは消え、前のような明るい自分を取り戻したかのように。

 

 

タクヤの存在が普通に思えてきたころの朝のことだった。

今日もまた朝からタクヤの声が聞ける。そう思い登校する時にいつも桜の木の下を通っていた。今日も、またタクヤは木の枝に座っていた。

 

 「おはよ、イク。これからまた学校かい?」

タクヤは尋ねた。

 

「うん、そうだよ。時間無いからもう行くね。いってきま〜す。」

 

 「いってらっしゃい」

イクミはそのまま学校へ向った。

 

 

 「おはよーイクミ。」

 

 「おはよー。」

 

 「ねぇねぇ、イクミ前より明るくなった?」

 

 「そんなことないよー。」

私は冗談を交えつつ笑った。友達に言われて少しうれしい気がした。

 

 「いや、変わったよー。わっかた。彼氏でも出来たんでしょう?いいなーあたしもほしい。」

 

 「じつは・・・」

ここで、言うのを止めた。

 

 私は、タクヤのことを言うのをためらった。死んだ人と毎日会っているなんて、誰が信じてくれるのか。私はそう思ったのだ。

それに、これは、私だけの秘密にしておきたいと思ったのだ。

 

 「そんなことより、聞いた?」

 

 「何を?」

 

 「ほら、今朝のニュースで、言ってたんだけど、この町を都市化するんだって。」

 

 「へー、そうなんだ。今より住みやすくなるかもね。」

 

 このとき私は、これからの運命がどうなるかなどしるよしも無かった。

もはや、止められない運命。その日は、少しずつ近づいてくる。

運命の歯車は、その動きをはやめていったのだ。

 

 

 久しぶりの休みの日、また、あの木の下に向かう。そこにいるのは、タクヤだった。

 

 「ねぇ、タクちゃん。いつも何してるの?」

 

 「え、なにって、いろんなことを見たり聞いたり、生きていたときに出来なかった事を、しているんだよ。」

タクヤはそう答えた。私は、少しずつ心に抱いていた気持ちがでてきた。

 

 「ねぇタクちゃん、私も死んでいい?」

 

私は突然言った。

 

 「死んだらいつでもタクちゃんにいつでもどこでも会えるでしょ?」

 

 「おい、何言ってるんだ。」

 

 「永遠の時間がほしいの。今の時代は早すぎる。私は、もっとゆっくり進んでいたい。いろいろな事をやってみたいの。」

 

 「何馬鹿なことを言ってるんだ。俺は死にたくて死んだわけじゃない。

俺だって生きているうちに出来る事をしてみたかった。だから、いつもイクがうらやましかった。死んでいる俺と生きているイク。俺にだってわかってた。生きてる人と死んでる人は時を交える事が出来ない事位。

実際イクの方が歳がどんどん大人に近ずくし、毎日の忙しい生活、それに対して俺は毎日木の上でゆったりと生活している。

歳だって死んでから変わっていない。生きている人は命があるから短い一生の中で美しく輝くことができるんだと思うよ。それに俺はイクに会えなくなったとしても、イクの心の中で会うことが出来る。だから、死ぬなんて言わないでくれ。」

 

タクヤは一生懸命に言った。私はタクヤの言葉を静かに受け止めようとおもった。

 

「ごめんなさい。もう、タクちゃんに顔上げられない。」

 

そう言うと、目に涙を浮かべ走って帰ってしまった。桜の木は4月だというのにまだ花は咲いていなかった。その夜私はベットの中で一晩中泣いていた。いつしか泣きつかれてそのまま眠っていた。深い深い眠りに・・・

 

 

翌日、私は工事のうるさい音で目が覚めた。太陽はとっくに高いところまで昇っていた。私は母に聞いた。

 

 「ああ、この音ね。工事の音よ。あなたの大好きな桜の木が今日切られるのよ。ほら、前にニュースでやってたじゃない。」

 

私は思い出した。都市化計画である。私は急いで服を着替え飛び出ていった。

あの桜の木に。

 

 「はぁはぁ。」

 

しかし、すでに遅く、私がついた頃には、桜の木は無かった。桜の木は切られて川原に横たわっていた。

 

 「タクちゃ〜〜〜ん!」

 

私は大きな声で叫んだが、タクヤからの返事は無かった・・・

 

 

 

 私は一日中部屋の中でぼんやりとしていた。頭の中は真っ白だった。ただ一つだけ、タクヤにあやまりたかったことだけが残っていた。その夜、私は電気もつけずに、自分の部屋で仰向けになり天井をただぼんやり見ていた。勝手に涙が流れてくる。今までの出来事が頭の中に蘇る。私は気がつけば寝てしまっていた。

 

 

 

 翌日、部屋の中には温かな風が流れていた。

 

 「あれおかしいなぁ、閉めたはずなのに。」

 

ふと机に目がいく。そこには数枚の花びらが落ちていた。

 

 「タクちゃん」

 

そうつぶやくとまた涙が出てきた。もう涙はかれたと思っていたのに。

はたしてこの数枚の花びらは何を意味しているのだろうか。タクヤは私のことを許してくれたのだろうか。そんなことを思いながらいつまでも花びらを見つめ続けた。

 

 

あれから十年、あの後私はすぐに引っ越した。すべてを忘れるため・・・。

しかし、どうしても忘れることはできなかった。あの花びらはいつもはなさないで身に付けている。私はふと故郷の桜が気になり前の場所に行ってみた。十年も経っていたのでさすがに町並みも変わっていて探すのが大変だった。

 

 昔の桜があった場所はコンクリートの川原に変わっていた。あの桜はどうなってしまったのか。私にはわからない。

ただあの桜は切られた夜に満開の花びらが咲き、風によって朝までにすべて散ったそうだ。やはりあれはタクヤからのメッセージであった。

 

私は一人故郷を後にした。もう泣かない。だって私は一人ではないのだから。

 

いつも私のそばにタクヤがいる。そんな気がした。

 

風が吹いていた。

 

優しい風が、いつまでもいつまでも・・・・

 

 

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