BREAK INTO SOUND』

 

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 彼のリーディングの授業に対するやる気と言われるものは限りなくゼロに近いものだった。暇さえあればバレないように睡眠学習へと勝手に突入するからである。男の名前はニノ。授業前の十分休憩。今日もばったりに机上で勉強でもしている夢を見ているのか、普段の顔より寝ているほうが真面目に見える。彼には次の準備をしないと痛い目に遭うというのが分からないのだろうか。次はリーディングだぞ? ニノ。

 そして授業はニノが起床したのと同時に開始された。

 「はい、始めまーす」

 リーディングの担当教師、ミネータだ。ミネータは生徒をランダムに当てていくことによって場の空気をコントロールする、鬼のような存在だ。もしも予習に不備でもあればその場に立たせ、

「おぉ、予習足りんなぁ、予習がぁ」

 などと生徒を(いまし)める。そのため生徒は予習を完璧に仕上げなければならない。通常自力で辞書等を用いつつ、完成させるのだが、ニノはほとんど他人から見せてもらって完成させている。確かにその方法で、その場は上手く過ごせるだろうが、後々、彼にはそれなりのものが付いてまわるはずだ。ミネータが言っているように、他人のを写さないほうが身のためである。まあ、ニノに今現在こんな事を言ったところで馬耳東風であることは分かっているが・・・。

 確か授業開始三十分が経過したころであった。

 突如教室内に電子音の奏でる曲が異常な音量で鳴り始めた。

「オォ! 誰だぁ!」

ミネータが一喝した。

教室中の生徒がまさか自分のか? と、一瞬全身を緊張状態にさせた。その中で一人冷や汗を流した人物がいた。ニノである。ニノは授業中に鳴り出したケータイを一刻も早く停止させるため、自分のバックからケータイを強引に取り出した。そして、音源を止めた。

「ニノぉ! オメェ立ってろぉ!」

ニノが不機嫌そうな顔で、舌打ちした。運良くミネータには感づかれなかったようだが、もし聞かれていたとしたらきっと恐ろしいことになっていたに違いない。ニノは音だけ消したケータイをバッグに戻した。事件はこれだけでは終わらなかった。

 それから三分後のこと・・・・。

 ―ケータイの爆音(再)―

 「オォ! ニノかぁ? オメェもうイイ加減にしろぉ。後で前に来ぉい」

 今度こそ電源を消したものの、ミネータはキレてしまった。周りは残酷にも嘲笑している。もはやニノが弁解できる余地は残されていなかった。ニノは羞恥(しゅうち)の念で(たぶん)相当ダメージを受けただろう。そのためかその日は一言も喋る余裕が無かったようだった。そして、授業はニノを立たせたまま終了した。

 事件後の十分休憩。瞬く間にニノの笑い話は広がった。そりゃあもう伝言ゲームのようにだ。

「ニノ二回もケータイ鳴らすんだぜ。かなりウケタ」

 トイレという閉鎖的空間ではなおさら遠慮無用で話題となっていた。そのころニノと言えば、ミネータの餌食と成り果てていた。

 この日を境にニノのわずかな名誉も朽ち果ててしまった。しかしもともとニノの自業自得なワケだし、誰かに過失があるわけでもない。恨むなら自分を恨めよ。ニノ。

なぜあの時電源を切らなかったのかいまだに不明だが、ある仮説によれば「切ってしまってはいけない人」から着信があったのではないか、ということらしいのだが・・・。しかしそんな人がニノにいるのだろうか。いるとしたらやっぱアレしかないわけで・・・・・。いや、そんなことは無いだろう。そう信じたい。そんなことよりニノよ、一刻も早く信頼を回復すべきだ。そうしないと---あとは知らね。

 

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