「遠い碑の詩」

先に断っておくが、これは実際に起こったことであり、私自身未だに断ち切れない思い出なのです。

 ここではあえてこの事件に関わった者の名を明かすことなく話を進めていきたい。

 ――そう、忘れもしない二年前の夏。

 

 

 

 久しぶりに故郷へ帰ろうと思った。特別することもなかったし――。その夏は久々に山の青さが見たかった。仕事場に少々無理を言って一週間ほどの休暇をもらい、電車とバスを乗り継ぎ、家に着いたときにはすでに夕方になっていた。

 荷物を片付けると、すぐに夕飯となった。家族との他愛のない話の中、それに気づいたのはとても偶然だった。

 

 ――みんな、どうしちゃったんだよ。

 

 会話が途絶えるたびに見せる悲痛なほどの微笑。何か、見ていてとても辛かった。テレビはうるさいからと消しておく習慣が、この時だけはとても恨めしかった。

 

 ―――。

 

 長い静寂が続く。耳が痛い。

 

 みんな、そんな顔するなよ。どうして、そんな笑っていられるんだよ。そんな、魂を抜かれたようにただ音もなく、ニタニタと笑っていられるんだよ。

 

 とても静かで。なにか、ひとりで夕食を取っているような感じがする。

 

 みんな、目の前にいるのに。

 

 「……そういえば、先日、殺人事件があったんだって?」

 

 ぴくっ。

 

 そこにいた誰もが反応を示した。私はそれを確認すると、話を続けた。

 

 「びっくりしたよ。現場もここからそう遠くないって聞いたし。」

 

 もうあんな沈黙の中ご飯を食べるのなんて嫌だった。何か、

ほんの些細なことでかまわない。どんな内容だってかまわない

。そう思って、話し始めたのに……。

 

 「………。」

 

 「それにしても、家が無事だったから安心したよ。」

 

 「………。」

 

 「そういや、犯人はまだ見つかっていないんだってね。」

 

 どうがんばってもここが限界だった。誰ものらない話なんて、続けられるほうが困難なことはわかっていた。でも、もう沈黙のなかにいるのは絶えられなかった。

 

 だから。……話を続けようとしたその時、その声の意味することを理解できなかった。

 

 「あなた、どなた?」

 

 呆けているのかとも思ったが、違った。

 

 「何言ってんの?私よ。沙希よ。」

 

 「………沙希なんて、いるはずないじゃないですか。」

 

 その声には、悲しみと、怒りが混じっていた。

 

 「うちの沙希は………先日殺されたのよ?!」

 

 

 

 あの一言は今でも私を悩ませます。そんな事があってから、私は家に帰ることが出来なくなりました。