QUIZ』

 

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 高校生クイズ。ライオン主催の全国的な一大イベントである。全国の高校生が三人グループで、あらゆるクイズや時には体力勝負まで、様々な戦いを経て、全国の頂点を目指し、戦い抜くのである。最後の機会だと言うのでシュツカに誘われ、私も参戦することとなった。そしてもう一人、その男の名はニノ。なぜこやつと共に知的イベントに参加するかは不可解だったが、そのときには筆者自身、よく考えなかった。今になって思っているのだが、やはりあの時メンバーをよく吟味すべきだったと反省している。後悔先に立たずという教訓が痛いほど身に染みた。

 ニノが急に、先輩の家に先に行ってから行くと言うので筆者とシュツカは当日に行くこととなった。ニノに、ちゃんと待ち合わせの場所に時間通りで来られるのかと訊いたのに対し、ニノは自信有りげに、

「余裕だって〜」

 と豪語した。あまり自信満々で言うもんだから、

「そうか」

 とそのときも受け流してしまった。

 

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 そして当日・・・・・

 私は朝早々と準備し、待ち合わせ場所の山形駅へと向かった。私が着いてまもなくシュツカも着いた。シュツカと同行し、山交ビルの「仙台行き高速バス停」まで急いだ。しばらく迷ったが、何とか乗車に成功し、ある程度の時間の余裕を持って仙台駅へと到着した。

 駅に着いた瞬間、あの男のことを思い出した。もう着いていたと思ったのだが、あの男はどこにも見当たらない。冷や汗が頬をつたった。急いで電話をかけてみる。

出ない。

 時間もだんだんと無くなって、余裕が無くなった。電話をかけ始めてから十分後、ようやくニノのケータイに繋がった。

「おい! お前どこにいんだよ!」

「ああ・・今バスん中・・・」

「それ、どの辺走ってる?」

「ん〜どこっていわれてもなぁ・・・・なんか山ん中今走ってる」

「山ぁ? もういいや、で、あとどのくらいで着く?」

「ん〜あとねぇ、大体二十分くらい」

「二十分? あと開始まで四十分くらいしかねえんだぜ?」

「そんなにあせるなって〜」

「・・・・・・・分かった。じゃあ着いたら連絡よこせよ」

「ああ、分かった」

「じゃあ切るぞ」

「ああ」

 電話を切り、途方に暮れた。やはり恐れていたことが現実となった。もし奴が時間通りに来れたとしても間に合うかどうか分からなくなってきた。

「なあ、ニノはどこにいるって?」

「分からないらしい。あと二十分くらいで着くとか言ってた」

「うわ、アイツもうどうしようもねえな」

「そうだな・・・・・」

「なあ」

「?」

「先に切符買ってよう。そっちのほうが効率的だし」

「なるほどそうだな。準備くらいはしとくか」

 何事もポジティブ精神が道を切り開くものだ。誰かさんは、ポジティブの枠を超えてしまっているようだが・・・・・。  私とシュツカはバス停に最も近い地下鉄の切符を3枚購入し、あのルーズ男を待った。しかし二十分経ってもあの男は来ない。このままではここに来た意味が無くなってしまう。そう焦った私は再び電話をかけた。

 出ない。

 最悪であった。もう時間がほとんど無い。ひとまず私達はバス停のある所まで向かった。

 そのとき一本の電話がかかってきた。

「あ、俺だけど、今本屋にいるよ」

「は? 本屋? なんでそんな所にいんだよ! とにかくどこの」

「仙台駅ん中の」

「駅? よし分かった。いいか、そこを動くなよ」

 すぐさまあの男の元へ向かった。なぜあの男の事で躍起にならなければいけないのか、不服だったが、これも高校生クイズ出場のためだと思ったら、何とか自分を自制することが出来た。

 そして、ついにあの男を捕縛した。

「早く来いよ、時間ねーからよ」

 ニノは全身黒ずくめであった。私とシュツカは学生服であった。事前に学生服で統一しようということで決定していたのにも関わらず、彼はそれを無視し、私服だったのだ。ニノを無理やり走らせつつ、全速で地下鉄へと急行した。しかし、それでも間に合わなかった。階段を下りた瞬間、電車は残酷なことに走りだしてしまったのだ。もう、私達に出来ることといえば次の電車にかけることだった。

 

      ✚

 

「残り十五分か・・・・本気で間に合わないかもな」

ホームで立ち尽くし、絶望に駆られた私はそう愚痴をこぼした。

「大丈夫だって〜」

ニノは相変わらずだ。こいつに責任追及しても無駄だな。

「お、来たぞ」

シュツカは鞄を持ち上げる。全てはこの電車にかかっている。そういっても過言ではなかった。

 

      ✚

 

 電車に乗っている時は気が気でなかった。刻々と時間が過ぎていく。会場駅から遠かったら全ては終わりだ。もうその時点で覚悟は出来ていた。残り三分を切ったくらいのときだった

「あ! あれ会場?」

シュツカは窓の外を指差しながら言った。

「ようやくか。しかしあと三分しかないぞ。駅に着いたら即行でダッシュだな」

 そう私は静かに口走った。

 駅に到着し、全速で駆けた。既に一分ほどしか時間は残されていなかった。

 

      ✚

 

「はあはあ・・・・」

何とか間に合ったようだった。既に会場はかなりの盛り上がりを見せていた。だだっ広い芝生の公園は馬鹿でかいスピーカーや、セットが組まれてあった。そこには千人近くの人だかりがあって、中には奇抜な格好な奴もいた。私達同様、制服で来たものはほとんどいなかった。

公園に足を踏み入れた瞬間、嫌な感触が足元に伝った。水はけが悪いのか、芝生を踏めば、雨水が靴の中に入ってくる。しかしこんなことで引き返していたら意味が無いと思い、かまわず人だかりの中へと向かった。

 中に入ってからすぐのことだった。突然歓声が後方から聞こえてきた。何事かと思い、振り返ってみると、やや! あれはラルフさんではないか。ロープでバリケードされた道を八方美人で歩いていく。一目近くで見ようかと思ったが、人の波で、一瞬しか近くで見ることはかなわなかった。そしてそのまま、ラルフはステージへと登壇した。

 ステージ上でラルフは「みんな今日は盛り上がっていこうぜ」的な感じで進めていった。ニノが人一倍騒いでいたが、放っておいた。

 

 そして前座は終了し、遂に第一問目、○×クイズとなった。

「では第一問、卓球で、福原愛が活躍しているが、卓球競技がオリンピックの正式種目になったのは、福原愛が生まれた年である! ○か×か! さあ考える時間は三分間だ!」

 馬鹿でかいスピーカーから快活な音楽が流れ始めた。実際テレビで聞いている音よりもでかかった。

「ニノ! お前卓球部だったろ! 分かるんじゃねえか?」

「う〜ん・・・・×かなぁ・・・・あれ? あと少しで思い出せそうなんだけどな・・・・」

「そうだ! こんなときはユン・ロリヒトがいた! あいつならば一日中PCの前にいるから即行で調べてくれるに違いない」

「しかし時間は? あまり無いぞ!」

「まずかけてみる!」

私は電話をかけながらニノがさっき言っていた×のエリアへと、一応向かった。

「あ、どうした?」

「いいか? ユン。 よく聞いてくれ。いま俺達は高校生クイズをしている。問題の答えを調べてくれよ。言うぞ卓球がオリンピックの正式種目になったのは福原愛が生まれた年。○か×か。 どうだ分かるか?」

「ちょっと待ってろ、今すぐ調べる」

「早くな」

 

「さあ〜、あと一分だ〜。よく考えて答えを導き出してくれ!」

 ラルフが楽しそうに言っているのが少し私の癪にさわった。

「おい!」

「おおユン! 分かったか?」

「福原愛が生まれた年って事は早生まれの俺達とおそらく同じ年だ。俺達が生まれた年が正式種目になったから、○だよ」

「○、丸だな。分かった」

 電話を切る。

「答えは○だってよ!」

「○? だってあっち少ねーぞ。ホントにか?」

ニノが文句をつけてきたが、ニノの情報よりはユンの情報のほうがあてになる。

「いいから○だ! 早くしろ!」

 今にもロープは降りそうだった。三人でダッシュし、何とか○のエリアに潜り込むことに成功した。

「×・・・・やけに多いな。ホントにこっちか?」

 ニノは猜疑(さいぎ)心モロ出しだ。

確かに×の方が○の側より一・五倍はいそうだった。さすがに心配になった。まさかニノの言っていたことが本当だったのではあるまいか・・・・・・。いやいやいまさらそんなことを考えても仕方が無い。

 壇のほうに目を向けてみると、なにやらT字型のレバーの着いた箱が見えた。ちょうどダイナマイトの爆発に使うようなものだ。どうやらランダムに壇上に上げられた高校生が二つのスイッチを同時に押し、それで正解が分かるようなシステムらしい。

「さあここが運命の別れ道! ○か×かどっちだ!」

双方の緊張感が極大に達するときだ。はずれたほうは引かねばならない。

 そして、レバーは押された。

 

青いボールとともに、○の方から噴水した。

 正解だった。

「正解だ!」

思わず叫んだ。

そして私達は、準決勝へと駒を進めた。

 

      ✚

 

 準決勝へと進出できるのは各県、十チームまでだ。参加高校が少なかった山形県のチーム、つまり私達は既にその枠に入っていた。対して多かった宮城県のチームは数少ない席を賭けて、戦っていた。選ばれたチームは待機という形で一箇所に集まっていた。やけにその時間が長かった。待ちきれなくなった私は、その場を後にし、「LEAD」などというグループを観にいった。実際期待もしていなかった。非常につまらない。面白がっているのは女子くらいだった。突然、どっかに姿をくらましていたニノが私の眼前に現れた。

「ニノ、一体どこに行っていたんだ」

「ああ、メルアド訊いてた」

「軟派な男だな、お前というやつは」

「ちっ、違うって〜、逆ナンであっちから訊かれたんだよ」

「へぇ、逆ナンねぇ。で、何人くらい?」

「六人くらいかなぁ」

 世の中には人を見る目を持たない人が結構な数いるようだ。

「お前もしてくれば」

 ニノがとんでもないことを口走った。

「なんで俺が・・・・・」

 

      ✚

 

 「準決勝進出のチームは集まってくださ〜い」

 遂に準決勝だ。ここで落ちてもなんら不思議は無い。会場へ歩いていくと、後方には一回戦で敗れたはずの人たちが集まっていた。どうやらその中でただ一チームのみ、上に上がることが出来るらしい。

 私たちは指定の位置に着き、対戦高校、山形西と対峙した。対戦方法は三択問題で相手がはずれ、自分達が正解した場合にのみ、進出することが出来る、との事だった。そして、第一問目。

「卓球の公式球の直径は現在何ミリ?」

 私にとってこんなことは選ぶまでも無かった。正解は四十ミリだ。

「ニノ。四十ミリだ」

「分かってるって〜」

 ニノも一応は卓球部だった男だ。これくらいわかっていてもらわねば困る。

「正解は、これだっ!」

壇上で、ルーレットが回った。示したのはA、だ。残念ながら向こう側も正解したようだった。

 それからは双方間違い続けた。しかし、ここでラッキーな問題が出た。

「やん・ばる・くいな これらの中で実際いた人物で徳川家康とも関係のあった人物は?」

 日本史選択のシュツカが得意とする分野だ。

「やん、だ。ニノ」

正解は今度こそもらったと思った。

「正解は@のやん、だっ!」

ラルフが叫んだ。

向こうが間違えた。遂に決勝かと思った。しかしニノの様子がおかしい。まさか・・・・・。

「わりぃ、間違えた」

「はぁ? なんで違うもの出すんだよ」

「いや俺は@を出したつもりだったんだけどぉ・・・・・・」

 勝てるチャンスが消え去った。

「ニノ何してるんだよ」

 シュツカがそういうのも分かる。間違えるなんてありえない。

「では次の問題だ! [パズル]という単語がありますが、この単語、動詞ではどういう意味になるか。@切り離す A迷わせる Bばらばらにする」

 三人ともさっぱりだった。いくら英語を勉強していてもこんなこと分かる奴なんてそうそういない。こうなったら直感勝負、Bに賭けてみることにした。

「正解はこれだ!」

 Aだった。

 終わった。

 

      ✚

 

 ニノが去っていくときにラルフが「結局一問も正解できなかった南陽高校」といったのに対し、こんな捨て台詞をラルフに言った。

「一問は正解したー」

 ああ、なんでそこで言うかな、ニノ。

 

      ✚

 

 私たちは後方の敗者復活戦へと入ったものの、ニノがミクロンの単位の問題で間違い、復活の夢は削がれることとなった。まあ最初から期待はしていなかったのだが。もうクイズには用が無くなったんだし、私たちは帰ることにした。途中、参加者が抽選で商品が当たることになっていたのだが、参加高校の多い宮城県しか出ないようだったので、諦め、その場から去った。会場入り口には大塚製薬の広告が並んでいた。三人は何もすることがないので簡単なクイズに答え、一人一人カロリーメイト・ゼリーを貰い、駅まで歩いた。

 駅へ向かう途中のことだった。ワゴン車から女子が手を振ってきた。三人の中でニノがただ一人応対し、手を振った。あきれた奴だ。

      ✚

 

 ニノが駅に着いた瞬間、こんなことを言い出した。

「なあ、時間あるんだしさぁ、ちょっと寄ってっていい?」

「まあ、いいけど、どこに行くんだ?」

「あ、いや、ぶらぶらするだけだよ」

「そう、じゃ、連絡するから。あまり遠いところへは行くなよ」

「オッケ〜」

そして三人は別れ、別行動した。私といえば本屋で暇をつぶしていた。シュツカは、腹が減ったらしく、ラーメン屋へと向かった。本屋にいる途中、シュツカからメールで「どこにいる?」という連絡があった。居場所を知らせると、間もなくシュツカが本屋まできた。

「なあ、もう時間だろ?」

「ああ、そうだな。バスもそろそろだろうし」

「早く行こうぜ」

「ああ、しかしニノに連絡してないからな・・・・今するか」

 私はニノに居場所を指定し、出来るだけ早く来るようにとメールで連絡した。私とシュツカは所定の場所へと急いだ。

 

      ✚

 

「来ないな、ニノ」

シュツカの口調には憤りが混じっていた。既に連絡してから二十分は経っている。最初からニノには『時間通り』は期待していなかったのだが、毎度毎度こうなると嫌になってくる。もう待っても無駄か、と思い始めた頃にあの男が姿を現した。

「何をしてたんだ?」

異口同音に言った。

「メール見るのが遅かったんだって〜」

ニノが言うと、言い訳にしか聞こえない。

 

      ✚

ニノはどうやら迷ったらしかった。先ほどまでこっちが山交のバス停だと言っていたのに、全く見当違いな場所に着いた。一度戻り、考え直すことにした。どれだけ歩いただろう。ニノが勝手に前へ進んでしまうのでこっちじゃないと言い聞かすのが大変だった。そしてようやく戻ることが出来た。ニノと合流してから一時間以上歩いた挙句、望みの場所へと辿り着いた。かなりの無駄な時間を過ごしてしまった。それから十分ほど経って、私達はバスへと乗り込み、バスの中で休むことが出来た。私とシュツカは相当疲れが溜まっていたが、ニノだけはまだまだ元気そうだった。改めておめでたいやつだなと言いたい。

 

      ✚

 

 そうして私達は無事、山形へ着き、電車へと乗り込んだ。

「ああ、疲れた」

ニノがそう言っていたが、ニノに振り回されていた私達の方がよっぽど疲れている。しばらく電車に揺られていると、遂に赤湯駅に着いた。ああ、遂に終わったのだ。後は家に帰ってでも休まないと体が持たなそうだ。そしてニノはフラワーで帰路へついた。ニノの物語はここで終幕を迎える。

 

      ✚α

 

 振り返ってみると、とても惜しいことをしたのではないかと思う。県代表校に選ばれたのはあの山形西の奴らだったのだ。あの時誰かさんが間違えさえしなければ私達は全国へ行けたのではないかと思ったりもする。しかしいまさらこんなことを言ってもどうしようもない。まあ今回の収穫で一番大きかったのはライオンから無料配布されたデオドラント・スプレーだろう。後はベネッセが作った東北版の大会アルバムぐらいかな。

 まあそれなりに大会は楽しめたし、成績もまあまあだったので悔いはあまり無い。そういえば学校側に大会に出場するということは黙っていたからもし全国に出場するということとなった暁には怒鳴られていたことだろう。

 

      ✚β

 

今回の教訓をおさらいしてみよう。

 

     ニノは時間通りにあまり来ない。

     ニノが「大丈夫」と言ったときにはそうでないことを仮定しよう。

     ニノの言ったことにまず疑ってみる。そうしないと痛い目に遭う。

     ニノにクイズを任せるということは自殺行為であるということを知ろう。

     ニノは全て笑って誤魔化せると思っている。

     ニノの思考を真似してはイケナイ。

 

以上です。長いことご苦労様でした。

 

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